「MUTSUZAWA JOURNAL」創刊!

なみわい の西田です。

想像していなかった日々が、ここ最近の毎日だ。
とある農産物の会議に参加したり、畑仕事の合間に一緒に缶コーヒーで乾杯。そんな時は決まって、50歳の私は「若者」と呼ばれる。
かと思えば、こども園の子供達をカメラ片手に追っかけている。
軽トラに乗って町を案内と言いつつ、プチドライブ。
朽ちた牛舎の跡地を眺め、有機肥料の生産現場に圧巻され、何十頭もの山羊を突如目の前に一斉にメ~と言われたり。
我ながら、奇々怪々な毎日を過ごしている。
何とも理解しがたいとは思うが、実際これが私の日課であり、仕事の現場でもあるのだ。


睦沢町のPR。そんな依頼からはじまった。
Public Relationsなんて大げさな感覚ではなく、ただこの千葉県のヘソに位置する、田園風景広がる睦沢町を知ってもらう。願わくば、興味を持ってもらう。そんなプチドリームの元、考えついたのが、この町を掘り下げ、そこに潜む人や暮らしに注目して、それこそを発信することが、背伸びないこの町の魅力発信じゃないかと。
房総に移住して12年。今となれば当たり前だが、青山や渋谷じゃ見ることもない「軽トラ」。この「軽トラ」こそが、この地の暮らしに密着した、謂わば「道具」。相棒なのだ。私が暮らす一宮町でも、別荘にカッコいい外車を乗り付けていた人たちも、セカンドカーは「軽トラ」となる人も多い。ならばこの「軽トラ」を通して、この町のありのままの姿を発信しようじゃないか!
そんな酒の勢いのような、やっちゃえ感なスタートとなった。(←実際はマジメに議論を重ねた結果なんです!)

さて、どんなメディアをもって発信すりゃいいのか!?
やはりそこは親しみある超アナログな新聞がいいよと。
そうして、千葉県・睦沢町を知ってもらおう!のタブロイドマガジン 「MUTSUZAWA JOURNAL」の発刊が決まった。
そして記念すべき創刊は、「アイ ラブ 軽トラ ~みんなの相棒~」となった。(実はタイトルは最後の最後に決まった。)

さあ、縁もゆかりもない睦沢町。それも生活に密着した「軽トラ」ユーザーの取材。私とその接点は当然何もない。まずは、いろいろな軽トラユーザーのリストアップを町に頼んだ。リストには何十人もの軽トラユーザーが並ぶ。筋書きなど何もない。まずはご挨拶と話しを聞こう!そうして、どこの馬の骨ともわからない私の突撃取材がはじまった。

はじめに立ちふさがったのが、「軽トラを取材?どういうこと??」←これなのだ。電話のアポでは、軽トラの一言から警察と間違えられ、「俺、何もしてないよ~」と。今となれば笑い話だが、その時は険しい森に踏み入った感が否めない状況で、トホホ…だった。
でも当然な話だ。いきなり軽トラ云々で取材しようだなんて、やはり怪しいわな。

取材を続けていくと、その町の暮らしが見えはじめた。
歴史が見え、その人の魅力にふれる。温かくって、面白くって、真面目で。そんな魅力が本当の町の魅力なんだと思いはじめた。
軽トラの取材なのに、軽トラを通してその人の人生を取材しているようだった。

德さんと出会った。
66歳。エンジンマニア。その人生はまさにエンジンと共にある。車やバイクのコレクターだけでなく、古い発動機を復活させる「長生郡市石油発動機同好会」の会長でもある。
秋德さんの日々の足も軽トラ。80年代の年季の入った軽トラだ。
半年に渡る取材。その中で家族との関係もまたエンジンに纏わる。そして父から兄、兄から秋德さんへと受け継がれた60年代の形見の軽トラ。もう何年も車庫に止まったままで、ゴミに埋もれていた。当然動かない。
この形見の軽トラを復活させよう!そんな…
おっと、この先は「MUTSUZAWA JOURNAL」を読んでもらおう!

 

今日、第二号のテーマが決定した。
詳しくは言えないが、この夏、新たな取材が始まる。
取材?ん…、ちょっと違うな。
人と町の生い立ち。謂わば、町の歴史の中に飛び込む。そんな気持ちで新たなタイムトリップな冒険がはじまるんだなぁ〜〜

乞うご期待!

「MUTSUZAWA JOURNAL」の問合せ
08050120143(なみわい西田)まで

今年の卒業式 〜 一宮小学校 〜

 

 

なみわいの西田です。
今年の卒業アルバムが完成した。
みんなどんな顔でこの卒業アルバムを受け取ったんだろう。
1ページ1ページみんなでわいわい見ているんだろうなぁ。
そして、どんな寄せ書きで埋めつくされているんだろう。
こっそり教室を覗きたい気分だ。


今年も卒業式の日がやってきた。
まさに運命的、ドラマチックな昨年の卒業式から、あっという間の一年だった。
とはいえ、この一年は昨年以上に走り回った撮影だったなぁと振り返る。
春は陸上記録会からはじまり、夏はプール。暑い中、サッカー部の試合。秋になったら修学旅行に運動会。クラス写真と個人写真。クラブに委員会に部活に、、、最後はマラソン大会。
11月も後半になれば、体調不良から早退や欠席でなかなか揃わず、ハラハラが続いた。そんなハラハラも今となってはいい思い出。
そうして数日前に「卒業アルバム」が完成した。
今年も卒業アルバムの裏側には沢山のエピソードがある。
壇上に上がり、卒業証書を手にしたひとりひとりの児童と思い出がある。
年の差は40ほどあるが、仲間のような気さえする。
そんな思いでいるぼくにとっても、卒業式のようなものだ。
会場の隅でそんなことを思いながら、別れの言葉、旅立ちの歌を聞いている。

いよいよ卒業生退場。
いっぱいの拍手の中、涙で目が真っ赤な子もいれば、門出らしくニコニコの子もいる。そんな中、いつも笑顔だったKは、顎からポタポタ涙が落ちるほどの号泣だ。
それぞれが6年間の想いを胸に退場していく。
教室で最後のお別れをして、いよいよ最後の撮影だ。

壇上にみんなが並ぶ。
泣き顔だった子も、笑顔に戻る。
胸のリボンが曲がっていないか、制服が乱れていないか、チェックしながらひとりひとりの顔を眺める。
まずは真面目に記念撮影。別れであり、出発であり、思い出と未来の架け橋の今日の記念撮影。
みんないい顔している。
そして本当に最後の撮影は笑顔でしょ!
子供達。お決まりのピースの子もいれば、肩を組む子。横の子にちょっかい出す子。担任の先生も、大きな花束抱えてピース。おっと!校長先生も教頭先生もピース!
いい写真だ。本当に本当に思い出と未来の架け橋にふさわしい1枚だ。
この時、この場でシャッターを切れるぼくは幸せ者だ。

そのあと、サプライズがあった。
家族に感謝を込めての大合唱。がらんとした体育館に歌声が響く。思いもしないプレゼントに親御さんの目には再び涙。
子供達を見つめる担任の先生。何とも言えない優しい眼差しで見つめている。

在校生に見送られ、学び舎を後にする。運動場では最後の別れがまだまだ続く。
朝からシトシト降っていた雨も上がって、青空ものぞきはじめた。
卒業アルバムの最後には入学式の写真を添えた。あどけなく小さな一年生は、今日立派に卒業した。

今年の卒業生とも、今日限りって訳じゃない。
一宮は小さな町だ。
昨年の卒業生とも、会えば挨拶を交わし近況報告をしてくれる。
いつかまたどこかでばったり。
陰ながら成長を見届け、応援している。

心の底から「おめでとう」。そして「ありがとう」。

今年の春は桜の開花が早いようだ。
来年の卒業アルバムに備えて、満開の桜を撮影しておこう。

 

今年のドラマは… 〜2017年度卒業アルバム〜

無事、人生半世紀を迎えた、なみわい西田です。


修学旅行から戻ったら「秋の大運動会」。
今年は秋の長雨が超〜長雨となった。延期延期延期の末の開催。
そこからは一気に卒業モードで撮影に入る。
個人撮影に、クラブや委員会の集合写真。
11月も後半となると、体調崩す児童も増えて、これまた延期延期延期の末の撮影となる。今年は12月に入って、漸く揃った2組のクラス写真でクランクアップ!

そこからボクたちは何千枚もの写真とにらめっこ。写真選別に構成にデザイン。 子供達は文集にとりかかる。
心に残ったあの日。友達との思い出。将来の夢。
何度も書き直してよれよれになった作文用紙。
そうして完成したみんなの文集が、ボクたちへのクリスマスプレゼント。
そして2018年のスタートと共に、ボクたちもスパート。
今年は今年の卒業アルバム。ページ構成も昨年とは一味違う。

昨夜。雪がちらつく学校。最後の打ち合わせを終えた。
今日。漸く漸く漸くデータ完成。願って願って願って入稿。
3月の完成を待つ。3月の完成を夢見る。そしていよいよ卒業。
昨年の卒業式。ドラマがあった。
今年の卒業式。どんなドラマが待っているんだろう。
何だろうか。ボクが卒業する訳でもないのに、何だか卒業生気分でいる。

今年も春が待ち遠しい。


昨年12月。タイムリーな曲と出会った。
かのんぷ♪さんのコンサート。
新曲の「I LOVE YOU」は卒業式をイメージした曲。
今アトリエのBGM。子供たちにも聞かせてやりたい一曲。
声高らか。仕事しながら一緒に歌っている。

修学旅行 〜 学んで知識を得る旅行 〜

なみわいの西田です。


「修学」って言葉を調べると、「学んで知識を得ること」とある。
かれこれ37年前。人生はじめての修学旅行は「伊勢」だった。
当然修学旅行とあって、出発前に班ごとにテーマを掲げて「伊勢」について調べた発表会があった。確かその発表会が父兄参観日だった気がする。
発表用の大きなマップを作り、そこに五十鈴川があった。
その五十鈴川についての発表がボクの担当だった。
発表前夜、母に「あんた本番で読まれへんかったら困るからフリガナふっときや!」と言われた。
大人であれば「五十鈴」ときたら当然「いすず」と答える。
だが小学六年生にしてみれば、まだまだ難しい域の読み方である。
それを察しての母の忠告だったが、これまで何度も何度も調べてきている「五十鈴川」。間違えるはずがないとタカをくくって、母の忠告を聞かずにフリガナをふらなかった。

さて本番の授業参観を迎える。
そしてボクの出番。
五十鈴川の説明に差しかかったところ、突如頭が真っ白になった。
今でも覚えている。あれれ〜と導かれるようにして、頭の中が真っ白に。
これまで何度も何度も口にしてきた「いすず」。
その「いすず」が出てこない。母の呪いかとさえ思える。
ずっと詰まったままでいれば、誰かしら助け舟を出してくれたかもしれないが、咄嗟の判断とはこのことだろう。なんと助け舟を待たずして、ゴニョゴニョと小声で「ごじゅうすずかわ」とごまかしてしまったのだ。場の悪いごまかしであるのは重々。当然担任の耳はごまかせれず、案の定指摘され「いすずがわ」と言いあらためた。家に帰ればこれまた案の定、母からも「アホ!」のひと言をちょうだいした。
赤っ恥の「五十鈴川」だったが、その恥がボクにとっては一生忘れない「五十鈴川」となった訳だ。これぞまさに「修学」である。

写真 卒業アルバムの懐かしい修学旅行写真

少し話はそれたが、小学6年生にとってアマテラスオオミカミや外宮内宮と言ったところで、それはかなり難しい領域の昔話だ。
色々調べるも、どこかピンとこないクエスチョンだらけだったように思う。
しかし時は経ち、年をとり。
それなりの知識と興味を身につけ、そろそろ半世紀を迎えようとするオジさんともなれば、魅力溢れる「伊勢」なのである。いわゆる「お伊勢さん」なのだ。
小学校の修学旅行で行った「伊勢」。
甚だその偉大さもスケールも何も知らずして行った「伊勢」であっても、” 思い出の修学旅行” という枕詞がつくだけで、懐かしさと特別感みたいなものが付随してくる。
そんな思いで再び訪れる「伊勢」こそが、再びの修学旅行であり、大人の修学旅行ではなかろうか。

写真 修学旅行を楽しむ子どもたち

さて。
週末はウキウキで「箱根」を走り回り、「富士山」を駆けずり回って来た。
若かりし頃に行った「箱根」とは一味も二味も違う。これも年をとったせいなのかもしれないが、名物の「味わい」だけでなく、観光名所そのものの「味わい」を求めはじめたんだろうなぁ。
録画してあったブラタモリの「箱根」の回を何度も見直して、あらためて「箱根」の歴史と魅力を再認識。これまた「修学」。
修学旅行同行撮影という任務であって、なんだかボクにとっても修学旅行。

富士山の次に行った鳴沢氷穴〜青木ヶ原樹海のガイドさんの話は、撮影しながら聞き入ってしまった。何十年もガイドをされているんだろうけど、最後に、、、
「みなさんの中で将来地質学者になられる方がいらっしゃったら、
ぜひ私に色々教えてくださいね。まだまだわからないことだらけなんですよ。」と。
素敵な未来への言葉で締めくくってくれる。

写真 青木ヶ原樹海

今日こうして樹海を歩いたことが、将来の架け橋とまではいかなくても、「思い出」となった樹海が、大人になり学者となって「修学旅行で行った樹海」となれば、それこそこの上ない修学旅行の成立じゃないか。

甘酒茶屋から箱根の関所。芦ノ湖眺めた後は大涌谷の硫黄の匂いと黒たまご。
彫刻の森で芸術に触れる子もいれば、宮ノ下の足湯でまったりの子もいる。
富士奥庭登山に氷穴に青木ヶ原樹海散策。キャー!ワー!の富士急ハイランド。
今年の修学旅行も無事終了。

子供達が大人になって「修学旅行で行った○○○」と、懐く再び訪れることがあれば、あの頃とは違った修学旅行が楽しめると思う。

写真 修学旅行のしおり

先日「大人の休日倶楽部」が50歳からと知った。
来年じゃないか。。。
何だか「大人の修学旅行倶楽部」の幕開けのような気がする。

直径72mmの小さな缶「江東堂高橋製作所」

なみわいの西田です。
お盆は雨に見舞われ、9月に入ると途端に秋めいて。
このままあれよあれよとジングルベルから正月なのかぁ?と。
年の瀬が頭の中をよぎりはじめた今日この頃です。


さて、この夏。というか、この春に。
ひょんなきっかけで、直径72mmの小さな缶と出会った。
手の平におさまるほどのその缶は、新茶が収穫される5月に試飲用の茶葉が入れられてきたことから、”見本缶”と呼ばれ人々に親しまれてきた。

場所は千葉県印西市。(株)江東堂高橋製作所。
茶缶をはじめ、缶一筋に製造販売に従事して来られた100年もの歴史ある会社。

10年前に東京下町から新工場に移転されるも、広い敷地に並ぶ様々な機械は、お世辞にも最先端さなど微塵も感じられない。その機械たちからは、ただ一心不乱に長年お役目を全うしてきた風格と、その刻まれた歴史にただただ圧巻される。中には100年を超える機械もまだ現役として頑張っているほどだ。

 

所謂、ブリキ缶。
今ではあまり聞かなくなった「ブリキ」って言葉も、我々昭和世代には懐かしさと温かさの代名詞のように思える。ブリキのおもちゃでよく遊んだものだ。

そんなことから現場は、「こうじょう」と呼ぶよりは「こうば」と呼ぶにふさわしい親しみが感じられる。

 

どの機械を見ても何をどうする機械なのかさっぱりわからない。ただ熟練の工員さんに掛かれば、「おぉぉーー」と言わざるを得ないその「役割」が見て取れる。そしてその工程ひとつひとつが、江東堂のこだわりの表れであり、コストや効率からオートメーション化が主流な昨今、日々の使い勝手とずっと使い続けられる品質へのこだわりから培われた技術は、細やかな手仕事の中にちゃんと引き継がれている。

それは茶筒に蓋をそっと乗せると、静かにその蓋が降りてきて、一寸の狂いもなく茶筒本体と一体となる。その様が、そのほんの数秒の静かな缶の動きこそが、 ”メイド イン ジャパン” なんだと痛感する。
数年前には、そんなものづくりが「ニューヨークタイムス」でも取り上げられたほどだ。

 

そんな背景で作り続けられている”見本缶”。
そして、、、

「”見本缶”の新しい顔を作りたいんです。」

そんな一言からはじまった。

なみわいにとってはじめての商品企画。
まして布に精通してきたぼくにとっては一転。硬いブリキの缶なのだ。

この夏。そんな缶と戯れた。
日本で作り続けられてきたこと。
そのことを念頭に様々な側面から考えて、、、
「吉缶(きちかん)」と「祝缶(いわいかん)」が完成した。

「吉缶」。
これからも急増する外国人観光客向けに、日本文化である「おみくじ」と素朴な味と愛らしい形の「金平糖」を合わせたお土産に。

「おみくじは」多言語。「コンペイ糖」も老舗から。

「祝缶」。
丸いその様相から、日本の祝い事に欠かせない「紅白まんじゅう」を見立てた引き出物のパッケージ缶として。

今月6日からはじまる「第84回 東京インターナショナル ギフトショー」で初お見え。

新茶を届けたこの直径72mmの小さな缶。
人々に吉と祝を届ける新たなお役目がはじまった。


 (株)江東堂高橋製作所 ホームページ

2017年「卒業アルバム」はじまった。

なみわいの西田です。


初夏だ。
炎天下とまではいかなくても、まだまだ暑さに体が慣れていないこの時期のこの暑さは老体には堪える。
やっぱり短パンだな。。。
子供たちはトラックを走り、ぼくたちはその周りをカメラ片手に駆けずり回る。まだ顔も名前も知らない新6年生。
昨年もそうだった。少し懐かしい。
陸上競技記録会。 地域それぞれの小学校の選抜チームで臨む。
本戦に向けての予選みたいなものだ。
この記録会が6年生との出会いであり、3月にみんなの手に渡る「卒業アルバム」のはじまりでもある。
5月。卒業なんてまだ何の実感もないんだろうな。。。そりゃそうだ。
でもそんな今日も大切な思い出に綴られる。
これからいろんな思い出つくって、それ持って卒業を迎える。

二年目の新しい一年がはじまった。
みんな走って、飛んで、投げてがんばった。
ぼくらもそこそこ走って、日に焼けた。
最後に今日の舞台であるトラックをバックに記念撮影。
全員じゃないけど6年生とご対面。みんな良い笑顔じゃないか。
手の甲や腕にはメッセージ。
今日の記録会に賭けるそれぞれの思いや決意が書かれている。
それも思い出、、、パシャ。

来月はプール大掃除の撮影。いよいよ夏がはじまる。
短パンどころか、水着だな。。。

なみわいの ”宝物” 第一号 〜卒業アルバム〜

 

なみわいの西田です。
なみわいとして初めての仕事。
地元一宮小学校の卒業アルバムが完成しました。
そして今日、晴れて卒業式をむかえました。


「最後のシャッターは西田さんが切ってくださいね。」
前日、そんなメッセージが荒川くんから届いた。

この一年、二人して子どもたちを追っかけた。
写真には写っていないエピソードがたくさんある。そして完成した卒業アルバムには綴られていない、ぼくたちのエピソードもたくさんある。
数日前、ついに卒業アルバムが完成した。
子どもたちみんなの手に渡り、今頃メッセージや寄せ書きが添えられているんだろう。卒業式までの数日。なんてったってそれが一番楽しく、何よりの思い出になるから。
そして卒業アルバムの最後は、みんな並んでの卒業記念写真を綴る。
卒業アルバムだもの。やっぱり最後のページには卒業式の写真があって当然。
それがみんなの思いでもあった。
そしてそれがぼくたちにとっても集大成となる最後のシャッター。
だからこの卒業式は、ぼくたちにとっても特別な日。
二人して泣く準備もできていた。

早朝、荒川くんから電話がきた。
なんと、もう少しで第二子誕生の知らせだった。
ひょっとして卒業式の日に誕生!なんて冗談を言っていたが、そんなドラマのような話が本当になりそうだ。
卒業式に参列できないと少し嘆いていたけど、こんなにめでたい話はない。
旅立ちと誕生。
これはまさに運命なんだよと。

ぼくはひとり会場の片隅にいた。
涙そそる寂し気な曲が流れる中、入場してくるひとりひとりの顔を見つめる。
すっかり涙で目をはらした子もいる。
何だか大人っぽくなった子もいれば、すっきり丸刈りでの登場の子もいる。
それぞれが中学生への階段を昇りはじめた証なんだろうな。

94名。ひとりひとりが卒業証書を胸に抱えた。
何度も熱いものがこみ上げてきて、その度泣くものかと我慢した。
最後の大仕事に影響してしまったら元も子もないから。
お別れの歌。それまで笑顔だった子も、誰だかわからないほど涙が溢れていた。
さすがにぼくの涙腺も限界かと思ったが、もうひと踏ん張りぐっとこらえた。

拍手の中、卒業生退場。
拍手するボクの手は薄っすら汗ばんでいた。
いよいよ最後の撮影を迎え、緊張めいたものと格闘しているところにメールが届いた。
「産まれました!」
なんと!こんなタイミングで新たな生命の誕生とは!
さっきまで涙をこらえていたボクは、拍手しながらにっこり微笑んでしまった。

それぞれが教室で最後の別れをし、もう一度ここに集まる。
小学校生活最後の記念撮影。みんなとの最後の写真だ。
壇上に並ぶひとりひとりの顔を見ていると、愛おしくてたまらない。
ぼくたちもいっぱい思い出がある。
泣きはらした顔も、すっかり笑顔に戻っていた。

さぁ、最後の撮影。
いきなりみんなのピースがはじまる。
厳粛な顔をしているのは先生方だけ。
「これが最後の写真なんだからな。はじめは真面目にな~。」と、ぼく。
とは言いながら、シャッターを押す手が震えている。
今まで我慢していたものが、、、もうだめだ。
これが最後の撮影。最後のシャッターと思うと、一気にこみ上げてきた。
どうしようもないくらいこみ上げてきた。
ぐっとこらえて、数カット撮った。そして、、、
「本当に次が最後!最後はピースでもなんでも~笑顔でな!」
本当に本当に最後のカット。
みんな笑顔でピース。先生も花束抱えてピース。
最後の写真はいつものみんなの笑顔であふれた。
こみ上げてきたきたものも、いつしか安堵にかわって、ぼくも最後はみんなと一緒に笑った。

校門を出る際、みんなからの ”ありがとう” で見送られた 。
そして最後に「一年間、どうもありがとね!!」と大きな声が届いた。
その声を聞いたら、もうどうしようもなく涙がこみ上げてきた。
ぼくはもう振り返れなかった。


この卒業アルバムは「なみわい」にとって、宝物第一号です。
ご協力頂いた一宮小学校。先生方々。そしてアルバム委員のみなさま。
一年間ありがとうございました。本当に本当に素敵な一年間でした。
そしてこうして子どもたちと卒業式を迎えられたことに感謝いたします。
ボクたちはこの町で子どもたちの成長を見守ります。
そして子どもたちが大人になった時、いつかいつか一緒にこの一宮小学校の卒業アルバムに携われたらなぁ~
なんてことを妄想しております。

みんな。ありがとう! 元気でな!

JR「大人の休日倶楽部」に釣ヶ崎海岸 掲載

なみわいの西田です。

JR 会員向け冊子「大人の休日倶楽部」3月号 に “釣ヶ崎海岸” が掲載されました。

1月早朝。6日連続の日の出時間からのロケ。
痛いほど寒かったけど、撮影後の連日「三そば」さんの温かお蕎麦がたまりませんでした。

一宮にとっては神聖なる釣ヶ崎海岸。
これから色々と注目されていくんでしょう。。。

写真のこと 〜 卒業アルバム 〜

こんにちは「なみわい」の西田です。
ボクが「なみわい」で主に担当している”写真”について語ろうと思います。
とは言っても”写真”に関して云々語れる写真担当ではないんです。

実は写真の事もカメラの事も学んだ経験がなく、カメラの取説すら読めないボクなんですが、そんなボクがどうしてカメラ片手に駆け回っているかと申しますと……ブログがきっかけだったんです。
もう少しさかのぼれば、こちらで暮らし始めて何か新しいことを始めようと模索している時に、たまたま家電ショップで一眼レフのシャッターを切ったのがきっかけだったんです。
何だか体に電気が走ったようで。。。これだ!!みたいな。。。
即日ご購入。カメラが、写真が楽しくて仕方ない毎日が始まったわけで。

するとブログを読んでいただいている方から連絡があり、聞けば自分たちの結婚式の写真を撮影してほしいと。
自信も経験もないけど断わる理由もないので、即座にお受けしました。やってみたかったんです。
そんな偶然なのか運命なのか。それがこの写真の世界にお邪魔するきっかけとなった訳なんです。
それから結婚式はじめいろんな撮影に携わってきました。

そんな中、これまたブログがきっかけで隣町の小学校から卒業アルバムの写真撮影のご依頼をいただきました。当然断る理由もなくルンルン気分の撮影です。
そんなこんなで、今ではお子さんやご家族の写真撮影がボク自身の仕事のほとんどを占めるほどです。

そして4月。
「なみわい」がスタートしたのとほぼ同時に地元小学校の卒業アルバムのご依頼をいただきました。
「なみわい」の初仕事です。
これまでボク自身でお受けしていた写真撮影だけでなく、「なみわい」メンバーそれぞれが持ち合わせている力を集結して、卒業アルバムのデザインから編集、そして完成までを請け負うことになりました。
9月には待望の”修学旅行”。そして秋の大運動会。ここ最近は日常の撮影に小学校に入り浸り。。。

ボクの撮影というと、カメラ片手に子供達と一緒に楽しんでいるだけなんです。
距離はボクから詰める。10歳そこそこの子供達の輪の中に48歳でも飛び込んでみる。生意気なことを言ってても、照れくささが抜けきらない恥ずかしがりやな子も、笑顔は共通の素敵な表情だから。
子供たちを笑顔にすること。それだけがボクが持ち合わせている唯一の自信であり、唯一の撮影技術?かもしれません。
そしてその瞬間にシャッターを切るだけ。あとは一緒に笑うだけ。
ボクのあだ名は「小峠(ことおげ)」。お笑い芸人にそっくりなところから修学旅行時に命名されました。
町でも駅でも本屋さんでも。会えば「ことさ~~ん」って声をかけてくれます。
撮影もいよいよ大詰め。これから何千枚と撮った写真の選別からデザイン、編集作業へと突入。

そして3月。卒業式です。
最後の撮影はこの卒業式のみんなの門出の撮影です。
多分泣いちゃうな。。。「ことさん、泣いてんの~」って言われちゃうな。
この卒業式の写真をアルバムの最後に貼ります。そして卒業アルバムの完成となります。「なみわい」が手がけた卒業アルバム第1号が完成です。

さてさて、どんな卒業アルバムになるか、今から楽しみで楽しくって仕方ありません。だから、、、乞うご期待!だな。

はじめまして、「なみわい」の西田雅人です。

はじめまして。
地域のアレやコレやを見つけて宣伝・広告する会社「なみわい」の西田雅人です。主に”写真”にまつわるエトセトラを担当しています。


ボクはファッション業界でずっと仕事をしてきました。
パタンナーとしてプレタポルテの世界にいました。一時はブランドも立ち上げました。雑誌はじめマスコミの衣装も手がけました。
でもそんな世界でもうすぐ20年が経とうって頃に、いろいろ疑問を持ちはじめました。(疑問については、長くなるのでまた次回)

そんな頃、ひょんなきっかけと言うか運命なのか。
縁もゆかりもない。来たこともない。まして知り合いなんてひとりもいない。そんなここ九十九里の九十六里辺り?に家を建て暮らしはじめました。
所謂、勢いでした。でも3年かけての計画的勢いでした。

その頃巷で耳にするようになった”田舎暮らし”や”スローライフ”。
そんな言葉に憧れた訳ではないのですが、何やらそんな都心から離れて海を目の前にした暮らしに自分の将来像を当てはめちゃった訳で。
”住めば都”。そりゃぁ”都”。
ここには海も自然もおいしい食べ物も”都”の要素は山ほどあります。
でもそんな”都”の裏側にはちゃんと突きつけられる現実があって、どうしようもない現実があって。でも捨てきれない将来像もちゃっかりあって。

つまりは”仕事”なんです。
自分の”スキル”やカッコよく言えば”クリエイティブ”や”デザイン”や。
それらをどうこの地で”仕事”にするか。

あれやこれやと10年が経ちました。
この地にボクの10年の歴史が刻まれました。

ボクは今、ファッションとはまったく関係のない”写真”を仕事としています。
そしてトートバッグをはじめ、エプロンなどの生活雑貨をデザインして作って売っています。(これについてもまたあらためて…)

ちっとも自慢できる10年ではないんですが、
まだまだ模索しながら四苦八苦な日々ですが、
でもそれなりの経験も知恵も身につき、
仲間にも恵まれ、
そしてこの地に愛着が生まれました。
そうなるとこの地が気になり出して。

合言葉は「この地で!この地を!」。
いろんなスキルの仲間が集まって、
いろんな思い描くこの地の未来像を掲げて、
この地のお役に立てないかと。
10年が経ってそんな気持ちがふつふつと湧きはじめた訳で。

そうして「なみわい」をはじめました。

「なみわい」の「なみ」には、この地にちなんだ山なみ。町なみ。人なみ。そして波うちぎわ。
「なみわい」の「わい」には、そんな地ににぎわいを。
「Namiwaii」。英語で綴ればちょっとHawaiiっぽくて。笑

そんな想いを込めた「なみわい」。
「なみわい」をよろしくお願いします。